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東京地方裁判所 昭和33年(行)9号 判決 1959年10月22日

原告 医療法人青山信愛会 外一名

被告 中央労働委員会

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実

原告らの訴訟代理人は、「被告が、中労委昭和三二年不再第一四号不当労働行為再審査申立事件について昭和三二年一二月一八日附でした、原告らの再審査の申立を棄却する旨の命令は、これを取消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として、次のとおり述べた。

原告医療法人青山信愛会(以下「原告病院」という。)は、肩書地で「新潟精神病院」と称する精神病院を経営する医療法人であり、原告社会福祉法人新潟県更生慈仁会(以下「原告慈仁会」という。)は、肩書地で原告病院の委託により、入院患者に作業療法を行う社会福祉法人である。

鷲尾三昭は事務員として、市川政一は看護人として、それぞれ原告病院にやとわれ、ともに医療法人青山信愛会新潟精神病院従業員組合(以下「病院組合」という。)の組合員であり、鷲尾はその執行委員長、市川はその書記長をつとめていた。また松田藤松は指導員として原告慈仁会にやとわれ、社会福祉法人新潟県更生慈仁会労働組合(以下「慈仁会組合」という。)の組合員であり、その執行委員長をつとめていた。

右両組合員は、昭和三一年二月一五日からそれぞれ原告らこの間に二千円の賃上げ要求をめぐつて紛争を続けていたが、容易に妥結しなかつたので、信愛会慈仁会労働組合協議会(以下「両組合協議会」という。)を組織して、鷲尾がその議長、松田がその副議長、市川がその書記長となり、同年三月一九日に両組合とも争議に入つた。この争議は、新潟県地方労働委員会(以下「地労委」という。)のあつせんにより、同年四月二日に解決したのであるが、その争議において両組合は、争議の正当性の限界を超えて患者の人権を侵害し、人道に反する不当な争議行為を行つた。そこで原告病院は鷲尾、市川の両名を、原告慈仁会は松田を、いずれも違法な争議を企画、指導、実行し、原告らの就業規則に違反した責任者として、同年七月一一日に懲戒解雇した。

これに対し両組合は、翌一二日右三名に対する解雇を不当労働行為であると主張し、原告らを被申立人として地労委に救済の申立をしたところ、同委員会は昭和三二年二月二〇日附で、

「(一)、被申立人原告病院は、昭和三一年七月一一日、申立人病院組合の組合員鷲尾三昭、同市川政一に対してした解雇を取消して原職に復帰させ、解雇から原職復帰に至るまでの間に右両名が支払を受けるはずであつた賃金相当額を支払うこと。

(二)、被申立人原告慈仁会は、昭和三一年七月一一日、申立人慈仁会組合の組合員松田藤松に対した解雇を取消して原職に復帰させ、解雇から原職復帰に至るまでの間に同人が支払を受けるはずであつた賃金相当額を支払うこと。」

との趣旨の救済命令を発した。

原告らはこの命令を不服として、同年三月一三日被告に再審査を申立てたところ、被告はこれを中労委昭和三二年不再第一四号新潟精神病院不当労働行為事件として再審査し、その結果、昭和三二年一二月一八日、

「原告らの再審査の申立を棄却する。」

旨の、別紙命令書どおりの命令(以下「本件命令」という。)を発し、この命令は同月三〇日原告らに交付された。

けれども被告の発した本件命令は、次に述べるように事実を誤認し、法律上の判断に誤りがある違法のものである。

(事実の誤認)

一、本件命令の中で、被告が認定した事実のうち、「第一、当事者」の一ないし三の各項記載の事実、「第二、争議行為」の一ないし三の各項記載の事実、同四項のうち(1)、(3)、(7)記載の各事実は、いずれも被告が認定したとおりであるが、次の諸点は事実を誤認している。

(一)、第二、の四(2)中、薬剤士が薬局の業務を放棄したこと、看護人看護婦が医師の指示のもとに水薬、散薬それぞれ一日約三〇〇人分の投、配薬を行うことを放棄したことは、そのとおりであるが、医師が調、製剤を行つたり、不充分ながら、投、配薬を継続したことはない。

(二)、同じく(4)中、看護人、看護婦が、定時の検温、検脈、服薬、入浴の世話、衣類交換などの業務を放棄したのは、そのとおりであるが、配食、哺食、巡視、日誌記載、面会立会、清掃、緊急の場合の医師への報告、引継、見送、起床および就床の世話などが、おおむね平常どおり行われたようなことはない。

(三)、同じく(5)中、作業療法が非組合員の手により一日平均約二〇名に対して行われたこともない。

(四)、同じく(6)中、被告が認定した二四名の非組合員のうち、一八名が業務に従事しただけで、外部からの代替就労がなかつたことは、そのとおりであるが、仕事につかなかつた非組合員のうち、試用および臨時雇入の五名は組合の説得によつて就労しなかつたのではなく、組合の妨害にあつて就労することができなかつたのである。

二、本件争議解決の翌日に、患者一名が死亡したことについて、被告は、「死亡と本件争議との間に因果関係があるとするに足りる疎明がない。」としているが、これは医学実験法則にてらしても当然影響があつたものと認めるべきで、この点正確に事実を認定していないものというべきである。

(法律上の判断の誤り)

一、本件命令の中で、被告は、原告病院に勤務する薬剤師、看護人、看護婦が労働関係調整法第三六条にいわゆる「安全保持の施設」にはあたらないとして、本件争議行為が同条の規定に違反するものとはいえない、と判断している。しかし後に述べるような精神病院の特殊性と、同法の精神とをあわせて考えるならば、これらの者が同条にいわゆる「安全保持の施設」にあたることは明らかである。にもかかわらず被告が右のように判断していることは、条文の字句の解釈にとらわれすぎたもので、明らかな誤りであるといわなければならない。

二、本件命令の中で、被告は、本件争議行為が条理に反し社会通念に反するような違法のものではない、と判断しているが、これは本件争議の実情と、精神病院の特殊性を無視しているものであつて、全く誤つた判断であるといわなければならない。すなわち、本件争議は昭和三一年三月一九日から行われ、同日から同月二二日までの第一波としては、原告らの事務面の職場放棄を行つたにすぎなかつたが、同月二三日から同年四月二日争議解決に至るまでの第二波としては、原告らの患者に対する医療業務全般に関する職場放棄、および医療業務の妨害を行つたのである。右第二波の実情は次のとおりであつた。

(一)、薬局における業務の放棄。薬局は、原告病院で使用する諸薬品の管理、調、製剤、試験検査を行うところで、患者の診療には欠くことのできない重要な業務を行うところがあるが、これを担当する薬剤師二名、助手一名がこの業務を全部放棄してしまつたため、患者の診療がいちじるしく阻害された。

(二)、投、配薬業務の拒否。投、配薬の目的は、疾病の悪化を防ぎ、治癒を目的とするものであるが、ことに精神病院においては、一定期間継続して投薬を必要とする特殊な薬物療法を施すこともあり、これを急にやめると直接生命に危険を招くこともある。ところが平常医師の指示のもとにこれを担当する看護人、看護婦が、この業務を全部拒否してしまつた。

(三)、医療補助の業務の拒否。精神病院では、患者自身に病識がないので、自発的に医療を受ける場合が少く、かえつて強力に抵抗する場合が多い。したがつて少数の医師だけで医療を完全に実施することはとうてい困難であり、どうしても医療補助者である看護人、看護婦の緊密な介助、協力を必要とするのである。ところが第二波中、治療室、診察室、作業療法現場などにおいて、両組合所属の看護人、看護婦、作業指導員は、この業務を全く行わなかつた。すなわち、

(イ)、治療室は、治療、手術、処置のセンターであり、これに要する器具、機械およびその消毒設備を備えており、電撃療法、インシユリン療法などの特殊療法以外の治療はすべてここで行われることになつている。平常は一日平均約三五名の患者に対して治療が行われていたが、第二波中、医師の治療を介補をする看護人、看護婦がこの業務を拒否したので、病院の診療が阻害され、一日約二五名ぐらいの治療しか行われなかつた。

(ロ)、精神病院では、電撃療法、インシユリン療法などが患者に対する重要な治療方法になつているが、これらを実施する場合、ときには患者の強い抵抗を受けることがあるし、また療法そのものが強い全身けいれん、呼吸、心臓の停止、意識喪失などをおこすことから、直接生命に危険を及ぼすおそれもあり、実施に長時間を要するばかりでなく、実施後ももうろう状態や運動亢進、ときには一時的に狂そう状態となることもあるのであるから、医師とこれを介補する看護人、看護婦の緊密な協力によつて実施し、その看護と適切な事後処理とを必要とするものである。しかもこれは一回限りでなく、日をきめて継続的に行わなければ効果がないのであつて、これを中断するときは、かえつて症状の悪化をきたし、あるいは回復がおくれて直接生命の危険を招くのである。ところが第二波中、看護人、看護婦は、これら療法の介補業務を拒否してしまつた。電撃療法については、平常月、水、金曜日ごとに約八〇名の対象患者にこれを実施していたのであるが、その介補を拒否されたため、この療法はほとんど中断せざるを得なくなり、その結果、争議解決の翌日に患者の中から死亡者一名を出すに至つた。またインシユリン療法については、平常毎日男女各四名づつの対象患者にこれを実施していたのであるが、その介補を拒否されたため、医師のみで男女各一名の患者に対しサブシヨックによる方法で行つてみたものの、それさえも危険をともなう状態だつたので、ついにこれも中断せざるを得なくなつた。

(ハ)、精神病患者に対しては、作業療法もまた有効な医療方法とされており、これを原告慈仁会の作業指導員が担当して実施していたが、第二波中作業指導員はこれを拒否してしまつた。

(四)、看護業務の拒否。精神病患者として原告病院に入院している者の治療と療養生活のすべては原告病院に依存するのであるが、この患者に対する看護は、普通病院における看護とはまたちがつたきわめて困難な仕事で、看護人、看護婦としては、患者の身辺の世話にいたるまで誠心をもつて尽さなければつとまらないものである。そうしてこの業務は、平常は日中約一八名、前後半夜各一〇名の病棟看護人、看護婦により不断に行われているのであるが、第二波中看護人、看護婦は控室にすわつたままで、わずかに食事の世話、巡回、看視、記録などを不充分ながらしたにとどまり、患者の療養上の身の廻りの世話はほとんど一切を行わなかつた。たとえば、

(イ)、巡回、看視、病床日誌の記載が不充分、かつ不正確であつた。

(ロ)、患者の検温、検脈、服薬、入浴の世話、衣類交換、失禁物の始末などを行わず、整髪、身だしなみ、その他病棟内での生活指導を行わなかつた。また患者の哺食を行わない者が多数あつた。

(ハ)、病棟内の清潔保持、とくに保護室、失禁室、合併病棟の清掃を拒否した。

(ニ)、隔離保護を要する患者を保護室へ連れて行くことをしなかつたばかりでなく、発揚狂そう状態にある患者に保護衣を着せるなどの保護を行わず、あるいは医師が着せた保護衣を他の患者が脱がせるのを放任した。また患者が狂そう、あるいは無意識状態で脱衣したり、破衣、破壊行為に出るのを認めながら放任し、患者同志でけんかをはじめても、これを取りしずめようとしなかつた。

両組合の組合員が、本件争議の第二波において、右のような行動をとつたのに対し、原告病院は患者の保護を全うするため最善の努力を払つたのであるが、それでもなお、次に述べるような精神病院の特殊性、および原告病院の実情から、これを全うすることができなかつた。すなわち、

(一)  精神病院における患者の特異性。

(イ)、精神病患者の多くは病識がないので、自分からすすんで治療を受けようとしないばかりでなく、治療を拒絶しあるいは治療をしようとする医師に対して抵抗することもある。そこで強制力を用いたりだましたり、あるいは麻薬を使うなどして治療を行うほかはないので、どうしても医師以外にこれを介補する看護人、看護婦などの人手を必要とする。

(ロ)、患者の行動は、突発的、衡動的であつてこれを予測することができないし、幻覚、妄想などにかられて行動することもあるから、まことに危険である。したがつて強力な警備体勢をとり、充分に人手をととのえなければ、安心して治療を行うことができない。

(ハ)、精神障害の治療効果、病状の変化は、患者の外形にあらわれないから、これを診断によつて的確に予測することは容易でない。患者の症状になんらの外的変化がない場合であつても、症状に変化をおこしている場合があるのだから、治療はこの点にも注意を払い、たゆまず行わなければならないのである。

(二)  精神病院における医療補助、看護業務の特殊性。

(イ)、精神病患者には右に述べたような特殊性があるので、これに対する医療補助、および看護業務も、特別な知識と高度の熟練を必要とする。そうして各患者に対する個別的、具体的な知識がなければ、とうてい満足にその業務を遂行することができない。また普通の病気の患者とは異り、前に述べたような特殊な療法を行うのであつて、療法によつては一時に多人数で介補をしなければ行えないようなものもある。

(ロ)、したがつてこのような業務に経験のない素人や事務員はもとよりのこと、普通病院の看護人、看護婦であつてもなお、精神病患者の医療補助、看護業務を代表して行うということはとてもできないのである。しかも新潟県下における精神病患者の収容施設は、かねがねどこも満員であつて医療要員の人手不足をかこつている状態であるから、原告病院の収容患者を一時的に他の精神病院へ転院させることは全くできないし看護人、看護婦を一時的に融通してもらうことも全くできない。現に本件争議前、原告病院長は新潟大学医学部精神科に、医師および看護婦の派遣を要請したのであるが、断られてしまつた。

(三)  原告病院の実情。

(イ)、昭和三一年三月一八日現在、原告病院では、大別して九種の危険性に分れ、それぞれ病的主要状態を異にする計四四七名の患者を収容していた。しかも病院は、構内敷地面積約五〇〇〇坪、建物面積約一七〇〇坪、公称病床数三〇二をもち、別紙図面のとおり建物を区分して使用していたのであるから、医療要員を一ケ所に集中するというようなことはできない。またこのように大きな施設の保安警備、患者の生活維持、業務の連絡には、相当多くの人手を必要とするのにかかわらず、当時原告病院の要員は従業員一二八名であり、法令に定められた基準人員にも足りないもので、その仕事量にてらし、当時の入院患者の治療看護にあたるためにはとても余裕のない人員であつた。しかも当時非組合員および管理者側人員は二四名(その氏名、職名などは別紙名簿のとおりである。)にすぎなかつた。

(ロ)、病院の機能を維持する基礎的な業務として、対外関係、対組合関係、総括連絡、会計事務、構内および建物の管理、ボイラー、給食、雑役などがあり、これらの業務は医療業務そのものではないけれども、いずれも重要な業務であつて、これらの業務が完全に尽されてこそ、治療も看護も充分に行うことができるのである。したがつて前記原告病院の要員のうち相当数の人員が、この業務にたづさわらなければならなかつた。

以上のような状態であつたのだから、両組合の組合員が前に述べたような争議行為を行つたことにより、ただでさえ人手不足で困つていた原告病院は、他から代替の要員を求めることもできず、ごく僅かに残つた要員のみですべての業務を行わなければならなくなつてしまつた。これでは原告病院がいかに努力を払つても患者の保護を全うすることのできないのは、あまりにも明白である。それにもかかわらず両組合は、このことを知りながらあえて本件争議を行つたのである。このような争議は、患者に直接打撃を与え、その人件を侵害するという手段によつて間接的に原告らに対して打撃を与えようとするものであるから、人道に反し、争議行為の正当な限界を超えた違法のものであるといわなければならない。原告らは、鷲尾、市川、松田の三名が、右のような違法の争議行為を企画し、指導し、実行したからこそ解雇したのである。ところが被告は、本件命令において、右のような本件争議の実情を無視し、「争議中の患者の安全に関する善後措置については、病院の管理者側に第一次の責任があり、管理者側の努力をもつてしてもなおその態勢のととのわないときにはじめて組合側にも第二次的責任が発生することがあるが、本件争議にあたつては、精神病院の特殊性に対する相当の配慮がされており、争議行為により停廃された業務については病院の管理者側でその善後措置を講じていたから、本件争議行為をもつて違法のものと断定することはできない。」といつているが、患者の安全に対する善後措置について組合側に二次的な責任しかない、という考え方は、精神病院の特殊性、原告病院の実情、ことに薬剤士、看護人、看護婦らの業務の性質を正確に理解しないところからくる誤つた考え方である。被告は、このような誤つた考え方をもととして、違法な本件争議行為を正当なものであるとし、原告らの鷲尾、市川、松田の三名に対する解雇を不当労働行為であると、誤つた判断をしているのである。

このように、本件命令は事実を誤認し、法律上の判断を誤つて、地労委の発した前記救済命令を是認したものであつて、違法な行政処分であることが明らかである。よつて原告は、その取消を求める。(証拠省略)

被告訴訟代理人は、主文と同旨の判決を求め、次のとおり答弁した。

原告病院が、肩書地で「新潟精神病院」と称する精神病院を経営する医療法人であり、原告慈仁会が、肩書地で原告病院の委託により入院患者に作業療法を行う社会福祉法人であること、鷲尾三昭、市川政一がそれぞれ事務員、看護人として原告病院にやとわれ、ともに病院組合の組合員であり、鷲尾はその執行委員長、市川はその書記長をつとめていたこと、松田藤松が原告慈仁会に指導員としてやとわれ、慈仁会組合の組合員でありその執行委員長をつとめていたこと、右両組合が昭和三一年二月一五日からそれぞれ原告らとの間に二千円の賃上げ要求をめぐつて紛争を続けていたが、なかなか妥結しなかつたので両組合協議会を組織し、鷲尾がその議長、松田がその副議長、市川がその書記長となり、同年三月一九日両組合とも争議に入つたこと、この争議が地労委のあつせんにより同年四月二日に解決したこと、同年七月一一日原告病院が鷲尾、市川を、原告慈仁会が松田をそれぞれ原告ら主張のような理由で懲戒解雇したこと、これに対し両組合が、右三名に対する解雇を不当労働行為であるとして、原告らを被申立人とし地労委に救済の申立をしたところ、地労委が昭和三二年二月二〇日附で原告ら主張のような救済命令を発したこと、原告らがこれを不服として被告に再審査を申立てたので、被告はこれを中労委昭和三二年不再第一四号新潟精神病院不当労働行為事件として再審査し、その結果昭和三二年一二月一八日、「原告ら各再審査申立人の申立を棄却する。」旨の本件命令を発し、この命令が同月三〇日原告らに交付されたことは、いずれもこれを認めるが、その余の事実は、すべて否認する。

本件命令が適法であることに関する被告の主張としては別紙命令書に書いてある被告の事実認定および判断をそのまま援用する。要するに被告が地労委の救済命令を是認し、原告らの再審査申立を棄却したのは、別紙命令書に書いてあるとおりの事実を認定し、これにもとずき原告らの鷲尾、市川、松田に対する解雇がいずれも不当労働行為であると判断したからであつて、被告の事実認定、法律上の判断にはいささかの誤りもないから、原告らの本訴請求に応ずるいわれは全くない。

(証拠省略)

理由

原告病院が、肩書地で「新潟精神病院」と称する精神病院を経営する医療法人であり、原告慈仁会が、肩書地で原告病院の委託により入院患者に作業療法を行う社会福祉法人であること、鷲尾三昭が事務員として、市川政一が看護人として、それぞれ原告病院にやとわれ、松田藤松が指導員として原告慈仁会にやとわれていたこと、昭和三一年七月一一日、原告病院は鷲尾、市川の両名を、原告慈仁会は松田を、いずれも違法な争議を企画、指導、実行し、原告らの就業規則に違反した責任者として懲戒解雇したこと、これに対し病院組合と慈仁会組合が翌一二日、右三名に対する解雇を不当労働行為であると主張し、原告らを被申立人として地労委に救済の申立をしたところ、地労委が昭和三二年二月二〇日附で原告ら主張のような救済命令を発したこと、原告らがこれを不服として被告に再審査を申立てたので、被告はこれを中労委昭和三二年不再第一四号新潟精神病院不当労働行為事件として再審査し、その結果昭和三二年一二月一八日「原告ら各再審査申立人の申立を棄却する。」旨の、別紙命令書どおりの本件命令を発し、この命令が同月三〇日原告らに交付されたことは、いずれも当事者間に争いがない。

原告らはまず、本件命令には事実誤認があると主張しているので、この点について判断する。

真正にできたことに争いがない乙第二号証の二、および二一、同第四号証の一、五、六、一二、一三、一八、二〇、ないし二二、および四〇、同第五号証の五および一〇、同第六号証の一ないし三の各二、三、同号証の四の二、同号証の五の三、四、同号証の六の二、同第七号証の一の四、同号証の二ないし四の各二、三、同号証の五の三、同号証の六の二、同号証の七の三、同第八号証の五、同第九号証の二、同第一〇号証の一、二、同第一一号証の一ないし三、同第一二号証の一、二、(右のうち乙第二号証の二および二一、同第四号証の一、五、六、一二、一三、一八、二〇ないし二二、および四〇、同第五号証の五および一〇、同第八号証の五については、いずれも原本の存在することおよびその真正にできたものであることが争いがない。)、弁論の全趣旨により真正にできたものと認める同第二号証の二三、証人市川政一、同松田藤松、同中山幹夫、同長谷川渙、同小島保の各証言、検証の結果に後記の各当事者間に争いのない事実を綜合すると、本件争議の実情は、およそ次のようなものであつたことが認められる。

鷲尾三昭、市川政一の両名は、ともに病院組合の組合員であつて、鷲尾はその執行委員長、市川はその書記長をつとめており、松田藤松は慈仁会組合の組合員であつて、その執行委員長をつとめていたものである。右両組合は、昭和三一年二月一五日からそれぞれ原告らとの間に二千円の賃上げ要求をめぐつて紛争を続けていたが、なかなか妥結しなかつたので、両組合協議会を組織し、鷲尾がその議長、松田がその副議長、市川がその書記長となり(冒頭からここまでのことは、当事者間に争いがない。)、三月七日両組合大会を開いてスト権を確立し、同月一四、一五日には組合員が各部門別に分れて、具体的にどのような争議行為を行うかを検討したうえ、同月一六日に開かれた両組合の争議戦術会議において、最終的におよそ次のような方針が決定された。

一、三月一八日から二〇日までを第一波として、病棟を除く職場、つまり事務系統職員の職場放棄を行う。

二、三月二一日から二六日までを第二波として、病棟関係の職場、つまり薬局における業務の放棄、および看護人、看護婦、作業指導員による怠業行為を行う。すなわち、第二波の期間中、薬局の業務はすべて放棄し、薬局員、看護人、看護婦による投、配薬の業務も行わない。また治療行為である電撃療法、インシユリン療法など介補業務は拒絶する。日誌記載、巡回による観察、逃走の防止、面会業務、外来受付、入、退院患者の処理、急患、発生の場合の検温、給食関係の業務は行うが、その他の看護人、看護婦による看護業務は行わない。また慈仁会作業指導員は、作業療法の現場で作業の指導を行わない。

三、三月二七日から無期限に第三波として、第一波、第二波の争議を合わせたものを行う。

四、なお病棟関係の争議を行うに当つては、何よりも患者の生命の安全をはかり、非常事態が発生したときには、ただちに医局に連絡してその指示をあおぎ、いささかも手落ちのないようにする。そのために病棟内の巡回による観察を強化し、危険の予防につとめるとともに、患者の逃走を防ぐこと、を大原則とする。この決定にもとづき、両組合は同年三月一八日から第一波の争議に入ることになつていたのであるが、公益事業である原告病院の争議について病院組合からされた争議行為予告の期間算定法に一日の誤りがあつたため、争議計画を一日づつ繰延べることとなり、実際に争議に入つたのは、三月一九日であつた。

両組合の争議は、第一波として三月一九日から二一日まで原告らの事務職場を中心に行われたが(このことは当事者間に争いがない。)、三月二二日に開かれた職場大会で、第二波の争議は予め計画された第三波の争議、すなわち第一波と第二波の争議を合わせたものとして翌二三日から無期限に行うことに変更されたので、この決定にしたがい、第二波としての争議が二三日から、原告らの事務職場のほか原告病院の薬局、治療室などに勤務する薬剤士、看護人、看護婦、および原告慈仁会の作業指導員の参加のもとに、同年四月二日に本件争議が解決するまで行われた(第二波の争議が右期間中、右のようなかたちで行われたことは、当事者間に争いがない。)。

ところで第二波の争議の実情は、おおむね次のとおりであつた。

(一)、ボイラーおよび調理関係の就業は、平常どおり行われた(このことは、当事者間に争いがない。)。

(二)、薬局は、原告病院で使用する諸薬品の管理、調、製剤、購入品の選択、飲料水の消毒試験、血液検査などを行うところであるが、これを担当する薬剤師二名(うち一名は薬局長)、助手一名がこの業務を放棄した(この三名が薬局の業務を放棄したことは、当事者間に争いがない。)ので、非組合員である医師が調製剤を行つた。

(三)、平常は医師の指示のもとに看護人、看護婦が水薬、散薬それぞれ一日約三〇〇人分の投、配薬を行うのであるが、看護人、看護婦がこれを放棄した(このことは、当事者間に争いがない。)ので、非組合員である医師がこれを行い、朝の食前の分を完全にやれないなどのこともあつたが、不充分ながら投、配薬を継続した。

(四)、診療の補助は、平常看護人、看護婦が行うのであるが、看護人、看護婦がこれを放棄した(このことは当事者間に争いがない。)。すなわち、

(イ)、治療室は、入院患者に対する産婦人科、特殊療法を除く一切の治療、手術を行うところであるが、看護人、看護婦がこの治療の介補を行わなかつたため、治療の準備がととのわず医師がこれを行つたりしたので、平常は一日約三五名の患者に対して治療が行われていたのに、第二波中は一日約二五名に対してしか行われなかつた(治療室における治療患者数が約三五名から約二五名に減つたことは、当事者間に争いがない。)。

(ロ)、精神病院では、電撃療法、インシユリン療法などの特殊療法が、効果的な治療方法となつているが、これを実施する場合、患者がいやがつて治療を拒んだりすることがあるし、療法そのものがけいれんをおこしたり、呼吸停止、意識喪失などをおこすから、直接生命に危険をおよぼすおそれもあり、実施に長時間を要するばかりでなく、実施後ももうろう状態となることがある。したがつて医師だけでこれを行うことは容易でなく、看護人、看護婦の介補をどうしても必要とする。しかもこれらは日を決めて計画的に継続して行わないと効果がなく、中断するとかえつて症状が悪化することもあるのである。

第二波争議当時、電撃療法の対象患者は約八〇名いたが、第二波中は医師だけでこれを行うため約一三名の患者に対して行われた(このことは、当事者間に争いがない。)にすぎなかつたし、またインシユリン療法の対象患者は約八名いたが、第二波中は医師だけでこれを行うため二名ぐらいの患者に対してサブシヨツクの方法により行われた(このことも、当事者間に争いがない。)にすぎなかつた。

(五)、看護人、看護婦の、投、配薬、診療の補助を除くその余の看護に関する業務については、第二波中、看護人、看護婦が定時の検温、検脈、服薬、入浴の世話、衣類交換などの業務を放棄してしまつた(このことは、当事者間に争いがない。)が、これらは非組合員である医師などの手によつて、ある程度補われた。また配食、哺食、巡視、日誌記載、面会立会、清掃、緊急の場合の医師への報告、引継、見送、起床および就床の世話、狂そうあるいは無意識状態にある患者の保護などについては、必ずしも充分に完全に行われたわけではなかつたけれども、おおむね平常どおりに行われた。

(六)、精神病院では、理学療法を終つた者に対し、退院までのトレーニング的な意味で作業療法と呼ばれる療法を行うのであるが、これもまた精神病患者に対する効果的な一つの療法となつている。本件争議当時その対象者は約四七、八名おり、これを原告慈仁会の作業指導員六名ぐらいが担当して実施していたが、第二波中作業指導員がこの業務を拒絶してしまつたため、非組合員一人の手により一日平均約二〇名に対して実施された。

(七)、第二波中、非組合員である試用期間中の者二名、および臨時雇の者三名計五名が、原告らの業務に就労しなかつた(このことは、当事者間に争いがない。)のであるが、これは、右五名の就労が原告らと両組合との間に結ばれている各労働協約中のスキヤツプ禁止条項に違反するという見解をもつ両組合の組合員により説得されたためにそうなつたのであつて、妨害されたというほどのものではなかつた。

(八)、本件争議解決の翌日である昭和三一年四月三日に、原告病院の入院患者一名(その氏名は塩野優)が死亡した(このことは、当事者間に争いがない。)が、本件争議が原因となつて死亡したものであるかどうかについては、後に述べるように必ずしも明らかでない。

以上の事実を認めることができる。この認定に反する乙第二号証の一八(弁論の全趣旨によつて、真正にできたことが認められる。)、同第四号証の二、および一四(原本の存在およびその真正にできたことについて争いがない。)、同第六号証の六の三、同第七号証の一の五(いずれも真正にできたことに争いがない。)、および前記各証拠中、乙第四号証の一、六、一八、同第六号証の一の三、同第七号証の五の三、同第九号証の二、同第一〇号証の二、同第一一号証の一、同第一二号証の一の各記載部分、証人長谷川渙、同小島保の各証言部分は、右事実を認定する資料となつた前記各証拠にてらしてにわかに信用することができず、ほかにまた右認定をくつがえすほどの信用すべき証拠はない。

ただ、本件争議と塩野の死亡との間に因果関係があるかどうかの点について、原告らは、医学実験法則にてらしても当然影響があつたものと見るべき旨を主張しており、いずれも真正にできたことに争いがない乙第四号証の四(原本の存在することおよびその真正にできたものであることについて争いがない。)、同第六号証の四の二、同号証の五の四、同第七号証の二の三、同号証の三の二の各記載、および証人小島保の証言中には、右原告の主張にそう部分があるし、医学実験法則からみて、少しも影響がなかつたと見ることはできず、多少の影響はあつたのではないかと思われるけれども、真正にできたことに争いがない乙第七号証の六の二によると、塩野の主治医であつた高橋康夫は塩野の死因を心臓衰弱であると診断し、本件争議との間に直接の因果関係があるとは必ずしも断言してはいないくらいであるところからみても、右各証拠はたやすく採用し難く、結局本件争議が原因となつて塩野が死亡したという事実を認めるに足りる証拠はない。

以上の事実と、被告が本件命令の中で認定している事実とをくらべてみると、原告らが指摘しているどの点をとつてみても、被告の命令にはいささかの事実誤認もないことが明らかであるから、原告らのこの点に関する主張は容れることができない。

次に原告らは、本件命令には法律上の判断についての誤りがあると主張しているので、この点について判断する。

原告らはまず、被告が本件命令の中で、原告病院に勤務する薬剤士、看護人、看護婦は、労働関係調整法第三六条にいわゆる「安全保持の施設」にあたらない、と判断したことが誤りである、と主張しているが、同条にいわゆる「安全保持の施設」というのは、人命、身体に対する危害予防、もしくは衛生上必要な施設そのものを指すことが明らかであつて、これをどのように解釈してみても、原告病院に勤務する従業員である薬剤師、看護人、看護婦がここにいう「安全保持の施設」にあたらないことは明らかである(もとより同条に違反しないかぎり争議がすべて正当なものであるとはいえないのであるから、右のような者の行う争議が違法とされるかどうかは、同条とは関係なく別個に考え得る余地のあることがらである。)。したがつて本件命令中、被告のこの点に関する法律上の判断に誤りはない。

ところで原告らは、さらに被告が本件争議を正当なものであるとして、鷲尾ら三名の解雇を不当労働行為であると判断していることは、誤りであると主張しているので、右解雇の原因となつた本件争議が、はたして原告らの主張するように、争議行為としての限界を超えた違法のものであつたかどうかについて判断する。

精神病院にかぎらず、病院、診療所などの医療施設においては、傷、病者に対して診察、治療を行い、患者の身体を健全な状態に復帰させ、あるいは少しでも病状を悪化させることのないように努めることがその使命とされているところであり、これがまた医療の究極の目的でもある。この使命を果すためには、医療施設の管理者、医師、看護人、看護婦その他の従業員すべてが、人道上の立場から自己の職務をそれぞれ誠実に遂行しなければならないのはもとよりのことであるが、ことに治療行為そのものについては、いささかもゆるがせにすることは許されない。このような観点から考えるときは、医療施設とくに精神病院における争議に際しては、使用者も労働者も、ただ患者の生命に直接ただちに危険が発生しなければさしつかえがないというような考えのもとに、その業務の特質に基因する上述のような責任を尽すについての配慮を充分にめぐらさないままに各自闘争行為を行うことが許されないことは、精神病院の特殊な任務および性格、直接または間接に争議の影響を受けざるを得ない患者が通常人としての判断および行動の能力に欠けるものであること、環境に由来する精神的影響が敏感に患者の病状に反響するおそれのあることなどにかんがみて、当然であるといわなければならない。すなわち、労使双方ともに、争議にあたつては、細心の注意を払つていやしくも患者の病状に影響を与えるおそれのあるような行為を極力慎しみ、必要やむを得ないときでも最少限度にとどめるべきものであつて、争議行為がその方法、態様などにおいて、右のような点について社会通念上必要かつ妥当な範囲を超えるにいたつた場合には、争議行為として正当性の評価を受け得ないものというべきである。そうだとすると、精神病院の従業員によつて行われた争議が違法なものであるかどうかを決めるについては、当該争議行為だけに着眼して判断すべきではなく、使用者のとつた態度も考慮の中に入れなければならないのである。ことに後述するように本件において組合の行つた争議が違法であるかどうかを決めるについて重要な契機となる点であるが、看護人、看護婦による治療の介補業務の放棄についても、使用者が相応な努力をすれば争議に関与していない従業員の協力、あるいは他から代替の要員を得るなどの方法によつて患者に対する治療行為を全うすることができるのにもかかわらずその努力をせず、患者の病状に対して充分の配慮をつくさないでいるような場合において、その行為のみをとらえて、一がいに違法な争議行為だときめつけることは許されず、使用者が右のような努力をしてもとうてい患者に対する治療を全うすることができないような客観情勢にある場合、あるいは使用者の努力にもかかわらず治療を全うできないため労働者に協力を求めたのに、労働者がなおこれにも応じない態度に出たような場合に、はじめて争議行為が違法性をもつに至るものというべきである。

本件についてこれをみると、両組合の行つた本件争議の実情は、前に判示したとおりであるところ、その争議のためにとられた手段のうち、患者の安全にもつとも影響をもつものと考えられるのは、

(一)、治療室における治療の介補を看護人、看護婦が行わなかつたこと、

(二)、電撃療法、インシユリン療法の介補を看護人、看護婦が放棄したこと、

の二点である。もとより両組合の行つたその他の争議手段もすべて患者の治療に直接、または間接に関係をもたないわけではないけれども、前に判示したとおりの実情から考えて、ただちにその程度の行為をもつて違法視することはできないといわなければならない。しかし右二点の争議行為が違法のものであるかどうかについては、前に判示したような考え方からなお慎重に考慮する必要がある。

いずれも真正にできたことに争いがない乙第四号証の二七、二八、同第八号証の七、八(乙第四号証の二七を除き、いずれも原本の存在することおよびその真正にできたことについて争いがない。)、同第九号証の二、同第一〇号証の一、二、証人市川政一、同長谷川渙の各証言、および検証の結果、ならびに弁論の全趣旨によると、精神病患者の多くは病識がないため治療を拒んだり医師に抵抗したりすることもあり、幻覚などにかられて突発的に行動することもあるので、治療にあたつては強制力を用いたり、人手を揃えて警備体勢をととのえるなど特別の配慮をしなくてはならないこと、したがつて医師だけで治療を行うことは事実上困難であり、どうしても看護人、看護婦の介補を必要とすること、そうして治療の介補にあたる看護人、看護婦は、右のような精神病患者の特異性をよくのみこんだ経験のある者でないとなかなかつとまらないこと、また電撃療法を行うときには、一時に数人がかりで介補をしなければならないこともあるので、これに要する必要人員くらいは常に確保しておかなければならないこと、原告病院は約五〇〇〇坪の敷地と約一七〇〇坪の建物をもち、これが別紙図面のとおり数棟の病棟を含む各棟に区分されているので棟数も多く、また本件争議が行われた昭和三一年三月当時、大別して七種の危険性に分れそれぞれ病状を異にする約四五〇名の患者を収容していたのであるから、医療要員を一ケ所に集中することは事実上できなかつたこと、当時原告らの要員は総数一二八名であり、法令に定められた基準人員にも足りないものであつたこと、しかも非組合員は別紙名簿のとおり二四名(非組合員が二四名存在したことは、当事者間に争いがない。)にすぎず、そのうち試用期間中の者二名、臨時雇の者三名計五名は前に認定したとおり両組合員の説得により就労しなかつたので、あとの一九名ではとうてい原告病院の治療業務を全うすることは不可能な状態にあつたこと、をいずれも認めることができ、この認定をくつがえすに足りるほどの信用すべき証拠はない。このような状態のもとにおいて行われた前述二点のような争議行為は、精神病院の従業員の特殊な使命からみて、妥当を欠くかどかなかつたとはしないのである。しかしながら、いずれも真正にできたことに争いがない乙第七号証の一の五、同号証の三の二、同号証の六の二、同第九号証の二、同第一〇号証の三、同第一二号証の二、および証人長谷川渙の証言によると、本件争議にあたつて原告病院の管理者は、患者の治療対策につき一応組合側とも協議をする一方、新潟県衛生部長にも要員のあつせん方を依頼したが同部長からは争議への介入になるからという理由で断られ、また新潟大学医学部精神科に医師および看護婦の派遣を要請したが、その余裕がないということで断られた事実を認めることができ、この認定に反する証拠はないが、原告病院の管理者が、それ以上に代替要員の獲得に努力した事実、代替要員をとても得ることのできない客観情勢にあつた事実、あるいはどうしても代替要員を得ることのできない実情を組合側に説明して協力を求めたのにもかかわらずなお組合側が就労を拒んだ事実などについては、これを認めるに足りるだけの信用すべき証拠がないのである。かえつて乙第四号証の一二、一三、および二〇、同第七号証の一の四、同号証の三の二、同第九号証の二、同第一〇号証の三、同一二号証の二によれば、管理者側は、患者に迷惑をかけるようなことはしないといつた組合側の言葉をそのままうのみして、まさかひどい争議はやるまいぐらいの軽い気持でいたこと、また新潟大学から要員派遣を断られると、あとは一般に精神病院はどこも人手不足だから来てはくれまいし、組合との間に混乱もおこるだろうといつた安易な考え方から積極的に代替要員の獲得にほん走しようという気がまえに欠けていたこと、したがつて医師だけでやれる程度のことをやつておくより仕方がないといつた態度で、その対策について組合側と真剣に話合おうとする様子が見られなかつたことがうかがえるくらいである。

もし管理者側が真剣に、患者の身体、生命の安全を確保するにとどまらず治療を全うする人道上の責任があるということを考えるならば、右に判示したようなあきらめに近い態度で過すようなことはなかつたはずであるから、管理者側のこのような態度は、やはり責められなければならない。このような場合には、組合側の行為のみをとり上げて、違法な争議行為だときめつけることはできないのである。

したがつて本件争議は、争議手段として必ずしも妥当でない行為が行われたこともあるけれども、なお全体としてみるならば、争議の限界を超えていない正当のものであつたといわなければならない。

そうだとすると、原告らが、本件争議を企画、指導、実行した責任者として、鷲尾、市川、松田の三名を就業規則にてらして懲戒解雇したのは、まさに労働組合法第七条第一号の不当労働行為にあたるものというべきである。したがつて被告の本件命令は、この点においても法律上の判断に誤りがない。

よつて、本件命令に事実誤認、および法律上の判断に誤りがあることを主張してその取消を求める原告らの被告に対する本訴請求は、理由のないことが明らかであるから、これを棄却することにし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 桑原正憲 大塚正夫 石田穰一)

(別紙名簿、図面省略)

(別紙)

命令書

新潟市平島一七四番地

再審査申立人 医療法人青山信愛会

右代表者 理事長 長谷川寛

右同所

再審査申立人 社会福祉法人新潟県更生慈仁会

右代表者 理事長 長谷川寛

右同所

再審査被申立人 医療法人青山信愛会新潟精神病院従業員組合

右代表者 執行委員長 松永八百一

右同所

再審査被申立人 社会福祉法人新潟県更生慈仁会労働組合

右代表者 執行委員長 松田藤松

右当事者間の中労委昭和三十二年不再第十四号不当労働行為再審査申立事件につて、当委員会は昭和三十二年十二月十八日第三百一回公益委員会議において、会長公益委員中山伊知郎、公益委員細川潤一郎、同藤林敬三、同吾妻光俊、同中島徹三、同兼子一同小林直人出席し、合議の上左のとおり命令する。

主文

各再審査申立人の申立を棄却する。

理由

当委員会は、審査の結果、左の事実を認定する。

第一当事者

一、再審査申立人医療法人青山信愛会(以下「病院」という)は、頭書、肩書地において新潟精神病院と称する精神病院を経営する医療法人であつて、昭和三十一年三月当時約四五〇名の入院患者を収容していた。

二、再審査申立人社会福祉法人新潟県更生慈仁会(以下「慈仁会」という)は頭書肩書地において病院の委託で病院の入院患者に作業療法を行う社会福祉法人である。

三、再審査被申立人医療法人青山信愛会新潟精神病院従業員組合(以下「信愛会組合」という)は病院の従業員をもつて組織する労働組合、再審査被申立人社会福祉法人新潟県更生慈仁会労働組合(以下「慈仁会組合」という)は慈仁会の従業員をもつて組織する労働組合であり、この二者は信愛会慈仁会労働組合協議会(以下「協議会」という)を組織しており、協議会傘下の組合員数は昭和三十一年三月当時約一〇四名であつた。昭和三十一年三月当時鷲尾三昭は信愛会組合執行委員長兼協議会議長、松田藤松は慈仁会組合執行委員長兼協議会副議長、市川政一は信愛会組合書記長兼協議会書記長に就任しており、いずれも本件争議行為に終始一貫関与し指導した者である。

第二争議行為

一、再審査被申立人は昭和三十一年二月十五日再審査申立人に二、〇〇〇円賃上(当時の賃金ベースは約八、七〇〇円であつた)を要求し、当事者間で団体交渉が重ねられたが妥結するに至らなかつたため、再審査被申立人は同年三月七日に組合大会を開き、争議行為を行う旨を決定し、翌八日に信愛会組合は労働関係調整法(以下「労調法」という)第三十七条に基いて、新潟県知事及び新潟県地方労働委員会(以下「地労委」という)に争議行為予告を行つた。

二、再審査申立人は本争議に関し同年三月五日地労委にあつせんを申請し、十二日以降地労委のあつせんが行われたが解決せず、十九日朝あつせんは不調に終つた。

三、再審査被申立人は同年三月十九日争議行為に入つた。第一波は十九日から二十一日まで病院及び慈仁会の事務職場を中心に行われ、第二波は同月二十三日から四月二日まで前記事務職場のほか、病院の薬局、病棟、治療室等に勤務する薬剤士、看護人、看護婦等及び慈仁会の作業指導員が参加して行われた。

四、問題とされる第二波の実情はおおむね次のとおりであつた。

(1) ボイラー及び調理関係の就業は平常どおり行われた。

(2) 薬局は薬剤士が業務を放棄したので医師が調製剤を行つた。また平常は医師の指示のもとに看護人、看護婦が水薬、散薬それぞれ一日約三〇〇人分の投配薬を行うのであるが、看護人及び看護婦がこれを放棄したので、医師の手で不十分ながら投配薬を継続した。

(3) 診療の補助は、平常、看護人または看護婦が行うのであるが、看護人及び看護婦がこれを放棄した。そこで電撃療法の対象患者は当時約八〇名存在したが、争議中は医師単独でこれを行うため約一三名の患者に対して治療が行われ、インシュリン注射療法の対象患者は当時約八名存在したが、争議中は医師単独で行うため、二名ぐらいの患者に対してサヴショツク療法が行われた。また、平常は治療室において一日平均約三五名の患者に対し治療が行われていたが、第二波突入後は一日約二五名に減じた。

(4) 看護人及び看護婦の前記(2)(3)を除く看護に関する業務すなわち配食、哺食、巡視、日誌記載、面会立合、清掃、緊急の場合の医師への報告、引継、見送、起床及び就床の世話などは不十分の面もあつたがおおむね平常どおり行れた。放棄したのは定時の検温、検脈、服薬、入浴の世話、衣類交換等であつて、これらは非組合員の手によりある程度補われた。

(5) 当時作業療法の対象患者は約四〇名存在し、これを慈仁会の作業指導員が担当していたが、右作業療法は争議中非組合員の手により一日平均約二〇名に対して行われた。

(6) 争議中、理事四名、医師八名(内一名は嘱託医)、組合に加入していない事務系七名試用期間中の者二名及び臨時雇三名合計二四名の非組合員が存在したが、試用、及び臨時の五名は組合の説得に応じ、就労せず、嘱託医も就業しなかつたので残る一八名の非組合員が業務に従事したのみで、外部からの代替就労はなかつた。

(7) なお、争議中、患者の死亡、逃亡、病変等患者に関する事故は絶無であつた。しかし争議解決の翌日たる同年四月三日に、患者一名が心臓衰弱により死亡した事実が存在する。

五、地労委は三月二十七日職権あつせんに入り、二十八日に自主団交の勧告を行つたので、二十九日及び三十日当事者間で団体交渉が行われたが妥結に至らず、同月三十一日から四月一日にかけて地労委のあつせんが行われた結果、二日地労委のあつせん案が受諾され、本争議は解決した。争議解決の協定書調印直後、再審査被申立人側が「一切を水に流されたい」旨の申入れをなし、再審査申立人側は「争議感情を残さないようにしよう」と答えた。

第三三名に対する懲戒解雇処分

然るに争議解決後、争議中の賃金カットの計算をめぐつて、同年四月十七日以降六月に至るまで紛争が再燃し労使対立中、再審査申立人は六月十六日に鷲尾三昭に対し病院就業規則第五十五条違反及び松田藤松に対し慈仁会就業規則号三十九条違反、さらに同月十八日には市川政一に対し病院就業規則第五十五条違反を理由として、それぞれ口頭で退職を勧告した。三名はこれを拒否し、その後この問題をめぐつて団体交渉が行われたが妥結せず、七月十一日再審査申立人は右三名に対し、就業規則違反及び不当争議行為を企画、指導、実行した責任者として懲戒解雇する旨の解雇通知書を書留内容証明郵使で送達した。

以上の事実に基いて当委員会は次のとおり判断する。

再審査申立人は、本件争議行為に付随して生じた事項を就業規則違反として解雇理由の一にしているので、先ずこの点について判断するに、再審査申立人のあげる事項のうち、具体的事実として認められるものは(1)争議行為前に、組合員が「要求貫徹」と書いた鉢巻をしめ、組合役員が赤腕章を着用し、廊下で拡声機を使用して労働歌を放送し、これらの点に関する院長通達を拒否したこと。(2)火鉢、机、椅子等の病院用品を無断で使用したこと。(3)部外者の病棟出入及び男子組合員の女子病棟内への出入があつたこと。(4)臨時雇用及び試用期間中の従業員が組合員により就業を拒否されたこと等であるが、(1)(2)(3)の事業はいずれも本件争議行為に際しての組合員の不慣れから生じたものであつて、事柄自体も微細であり、また患者に与えた影響からいつても軽微であると認められ、既に争議妥結の際、再審査申立人は一旦争議感情を残さぬ旨を約したのであるから、これを以て三名をその責任者として懲戒解雇するに足る理由とは認められないし、また(4)の事実についてはその手段が平和的説得以上には出なかつたことが認められるから、これをもつて就業規則違反とすることも失当であり、再審査申立人が不当なものとしてあげるその他の事項についても、特に三名を問責するに足る事実が存したとは認めがたい。

次に再審査申立人は、本件争議行為を不当なりとし、三名をその不当な争議行為を企画、指導、実行した責任者であるとして懲戒解雇しているので、この点について判断する。再審査申立人中、病院の事業は労調法第八条第一項第四号所定の公益事業に該当するが、信愛会組合は昭和三十一年三月八日労調法第三十七条所定の争議行為予告を行い、法定期間経過後たる同年三月十九日以降争議行為を実施したものであるから、本件争議行為は適法な手続を履行してなされたものである。そこで進んで鷲尾三昭、市川政一、松田藤松が指導した本件争議行為の態様が労働組合法第七条等一号にいう「労働組合の正当な行為」に該当するか否かについて検討する。第一波は事務ストであるから、これの正当性は明確である。第二波における薬剤師、看護人、看護婦が正常な業務の運営を阻害したことについては、社会通念に照して、個々に争議行為の正当性の限界を認定しなければならないが、その場合、精神病院の特殊性が十分に考慮されなければならないであろう。

再審査申立人は、先ず本件争議行為が労調法第三十六条に違反する違法なものであると主張する。すなわち、新潟精神病院においては病棟、治療棟、薬局等とその要員(医師、薬剤師、看護人、看護婦)ボイラー室とその要員(汽缶士)調理室とその要員(炊事婦)等が同条にいう「安全保持の施設」に該当するのであるから、争議行為として薬剤師、看護人、看護婦等をその職場から離脱せしめ、もしくは診療の補助及び看護の業務の全部または一部を放棄せしめることは、同条で禁止している「安全保持の施設の正常な維持又は運行を停廃した」ことに該当するというのである。しかし労調法第三十六条に「安全保持の施設」とあるのは、人命に対する危害予防もしくは衛生上必要な施設換言すれば人命の保護を目的として設けられた施設を指称する趣旨であることは疑のないところであるから、薬剤師、看護人、看護婦等がすなわち同条にいう「安全保持の施設」であると認めるわけにはゆかないし、また新潟精神病院の施設中に同条にいう「安全保持の施設」に該当するものが果してあるか否か疑わしく、再審査申立人のその余の主張をもつてしても本件争議行為を労調法第三十六条に違反するものと断定することはできない。

次に再審査申立人は、精神病院において本件のような争議行為を行うことは社会通念に反すると主張し、その理由として、(1)薬剤師、看護人、看護婦等はその本来的使命と精神病院の特殊性によつて勤務中職場を離脱したり、業務を放擲したりすることは条理上許されない。(2)直接患者を対象とする争議行為により、患者に打撃を与え、その結果として間接に病院側を困らせる方法をとつたがこれは人道上許されないとの二点をあげている。そこで(1)の薬剤師、看護人、看護婦等の争議行為について判断するに、本件におけるごとき精神病院においても、薬剤師、看護人、看護婦が団結し、団体交渉し、これが行詰つた場合労調法所定の手続をふんで争議行為を行う自由は保障されていると認められるが、精神病院の争議行為においては、他の工場事業場の争議行為の場合と異り、争議行為によつて病院の正常な業務の運営が阻害された場合、患者の安全に関して有効な善後措置が行われなければならない。しかしその善後措置についての第一次的責任は病院の管理者側にあるといわなければならない。しかして管理者側の努力を以てするもなおその態勢の整わないときには組合側にも第二次的に善後措置の責任が発生することがあり得る。その場合には、患者の安全のために、事態の推移に対応し、正常な業務の運営を回復しなければならない場合もあろう。これを本件について検討するに、前記認定の如き争議行為の実情、特に患者の生命身体の保全、急患発生の場合の措置等についての考慮がなされていたこと等からすると、本件争議行為は精神病院の特殊性に対する相当の配慮がなされていたことが明かであるし、争議行為により停廃された業務については再審査申立人側においてその善後措置を講じていたのであるから、本件争議行為をもつて条理に反し社会通念に反すると断定することはできない。なお、争議解決の翌日生じた一患者の死亡については、本件争議と因果関係ありとするに足る疏明は存しない。

次に(2)の主張について判断する。本件争議行為の目的は約八、七〇〇円という平均賃金を不満とした再審査被申立人側が再審査申立人に対して賃上を要求して団体交渉を重ね、地労委のあつせんによるも解決をみなかつた後、その主張をつらぬくために再審査申立人に対してなされたもので、前記のとおり争議行為の態様も相当であるから、患者を対象とした不当な争議行為であるという再審査申立人の主張は理由がない。

以上を要するに、本件解雇は労働組合の正当な行為を理由とした不当労働行為であると認定せざるを得ず、結局、本件再審査申立は理由がなく、初審命令は相当であるので、労働組合法第二十五条、同第二十七条、中央労働委員会規則第五十五条により主文のとおり命命する。

昭和三十二年十二月十八日

中央労働委員会会長 中山伊知郎

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